「大倶利伽羅くん?」
少女の声に呼び止められて、部隊全員がぎくりと身を震わせた。時間遡行した過去で、人間が彼らの名を呼ぶはずがない。審神者に人の身を与えられる以前は、付喪神としてそこにあっても、彼らは普通の人間には見えないのだから。
加州は衣を翻し声の主の前に躍り出た。名を呼ばれた大倶利伽羅を背に庇う。 目の前には、小柄な少女が身を竦めていた。おさげの髪、町娘然とした着物、身に少し余る大きい笠を抱えている。どこから見ても普通の人間だ。
チラリと背後を伺えば、大倶利伽羅はただ瞠目して、少女を見つめていた。
彼女はいかにも自信なさげにはにかみ、だが親しげに語りかける。
「お城の外に出ても、大丈夫なの?」
大倶利伽羅は答えず、ただ一歩、引かれるように少女に向かった。
「ちょっと!」
ぎょっとして止め、小声で問う。
「この子誰!ただの人間がなんで」
「見たことがないのか」
「何を!」
大倶利伽羅は、加州に一瞥もくれなかった。
「この女も、付喪神だ」
「は?」
「土地に、人に、邦に根付く…仙台藩の化身」
#刀ヘタ #大倶利伽羅
時は天文、戦国時代。へし切長谷部は、付喪神の宿る霊験あらたかな刀だった。しかし、神の姿を見ることができる人間は少ない。この城では、1人の少女だけが、長谷部と会話することができた。普段は町娘のような姿で、下女か何かだと思っていた。しかし今日は、随分と立派な着物を着ている。
「来賓だってさ。尾張代表として私も出るんだ。怖いよ、南蛮の国と会うなんて。あのバカ殿も何考えてんだか……」
「主人が決めたことには頷くほかないだろう」
長谷部の言葉に少女は苦く笑った。
客人だという南蛮人は、初夏の若葉のように輝く緑色の瞳をした青年だった。その瞳に、長谷部の藤色が映るーー彼にも、見えている。青年が何事か言葉を発したが、異国の言葉だからか長谷部には理解できなかった。城主の隣に控えていた少女はその意味を捉えたようで、ポツリと繰り返す。
「『異教の神』……?」
ニヤリと歪められた若葉色の瞳は、憎悪や軽蔑を超えた強い敵対心を持って、長谷部を見つめていた。
#刀ヘタ #へし切長谷部 #アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド