【能「呉服」四分割 ④】
東南雲。収まりて。
西北に風静かなり。
応神天皇の御宇かとよ。呉国の勅使此国に。始めて来り給ひしに。
綾女糸女の女婦を添へ。万里の。滄波を凌ぎ来て西日影のこりなく。、
呉服の里に休らひ連日に立つる機物の。錦を折々の綾の御衣を奉る。
勅使奏覧ありしかば。叡感殊に甚だし。それより名づけつゝ。
袞龍の御衣の紋。いとなみも名たかき山鳩色を移しつゝ。
気色だつなり雲鳥の。羽ぶさをたゝむ綾となすいともかしこかりけり。
然れば万代に
絶えせぬ御調なるべしと。御定ありしより呉服の文字をやはらげて。
呉服織あやはどりと名づけさせ給へば年を迎へて色をなす。
綾の錦の唐衣。
【能「呉服」四分割 ③】
又あやはとりとは機物の。糸を取り引く工ゆゑ。綾の紋をなす故に。
あやはとりとは申すなり。
くれはとりとは機物の。糸引く木をばくれはと云へば。
呉服取る手によそへつゝ。くれはとりとは申すなり。
されば二人の名によせて。
くれはとり。
あやとは申し伝へたり。
然ればわれらは唐人なれば。やまと詞は知らねども。
くれはとりあやに恋しくありしかば。二村山とよみし歌も。二人を思ふ心なり。
くれはとり。怪しめ給ふ旅人の。/\。御目の程はさすがげに。
名にしおふ都人の。所から唐人とわれらを御覧ぜらるゝは。
げにかしこしや善き君に。仕ふる人かありがたや仕ふる人かありがたや。
それ綾と云つぱ。もろこし呉郡の地より織りそめて。女工の長き営なり。
然るに神功皇后の三韓を従へ給ひしより。
和国異朝の道広く。人の国まで靡く世の。我が日の本はのどかなる。
御代の光はあまねくて国富み民ゆたかなり。
【能「呉服」四分割 ①】
これは津の国呉服の里に。住みて久しき二人の者。
我この国にありながら。身は唐土の名にしおふ。女工の昔を思ひ出づる。
月の入るさや西の海。波路はるかに来し方の身は唐人の年を経て。
こゝに呉服の里までも。身に知られたる。名所かな。
これもかしこき御代のため送り迎へし機物の。
大和にも。織る唐衣のいとなみを。
織る唐衣のいとなみを。
今しきしまの道かけて。言の葉草の花までもあらはしぎぬの色そへて。
心をくだく紫の。袖も妙なるかざしかな袖も妙なるかざしかな。
さても我此松原に来て見れば。やごとなき女性二人あり。一人は機を織り。
今一人は糸を取り引き。互に常の里人とは見え給はず。そも方々はいかなる人ぞ。
カカル二人上 はづかしや里ばなれなる松蔭の。うしほも曇る夕月の。
影にまぎれて浦波の。声にたぐへて機物の。音きこえじと思ひしに。
知られけるかや恥かしや。
何をか包み給ふらん。其身は常の里人ならで。
此松蔭に隠れ居て。機織り給ふは不審なり。
いかさま名のり給ふべし。
君が代は天の羽衣まれにきて。撫づとも盡きぬ巌ならなん
千代に八千代を松の葉の。散り失せずして色はなほ
正木のかづら長き代の。ためしに引くや綾の紋雲らざりける。時とかや
此君の。かしこき世ぞと夕浪に。声立て添ふる。機の音
錦を織る機物の内に。相思の字をあらはし。衣うつ砧の上に
怨別の声。松の風。又は磯うつ浪の音
しきりにひまなき機物の
取るや呉服の手繰の糸
我が取るはあやは
踏木の足音
きりはたりちやう
きりはたり。ちやう/\と
悪魔も恐るる。声なれや。げに織姫の。かざしの袖
中ノ舞
思ひ出でたり七夕の。/\。たま/\逢へる旅人の
夢の精霊妙幢菩薩も。影向なりたる夜もすがら夜もすがら
宝の綾を織り立て織り立て。我が君に捧物。御代のためしの二人の織姫
呉服あやはのとりに。くれはあやはのとり%\の御調物そなふる御代こそ
めでたけれ
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