分厚いガラスに隔てられた向こう側で 母星の輪郭が曲線を描き 姿の三割程度を見せている うしろには 黒く暗く光の返らない空間が広く遠く続く
 月の彼女が言う「   」 けれど 言語が違うせいで 何を言っているか わからない
 足もとに 衛星猫が擦り寄って鳴く 「   」声は空間を伝わらない

 私はといえば 金魚鉢を逆さまにすっぽり被って 夕餉のすき焼きゼリーを喉に流し込んでる 宇宙服って 移動式のベッドだし ゆりかご あと 居住区の売店は夕方六時までで そうそう 星から来たらしい桜の枝が コーティングされて飾られているのよ

 心電図の波形を母星に送って生計を立てている
 あの海の青さに あの山頂の氷雪に ある都市の夜景の上に あの国の暗い夜の建物に 私の波形を送信している
 足もとに 衛星猫が擦り寄って鳴く 「   」でも 声は空間を伝わらない
 月の彼女が星を一周して窓に戻る 挨拶を交わすけれど「   」 その声がどんな音なのか 知らないまま

 加速中 今日4回目の朝がきて 同じ数の夜を超えてる ハロー世界中の屋上の人々 金網フェンス 注意書きの看板 航空障害灯の赤い点滅 非常用階段に空き缶と 残された吸い止し
 今夜もお送りする DJは

───『DJ・ミュージックサテライト』

#超短編

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 先週から家の二階に人がいる
「お仕事してるんだから邪魔をしてはいけないよ」と 父様はいったけれど わたしには関係のないことだから 今日も覗きに行ってくる
 襖はいつも開いてて 机ひとつとペンと紙 ブルーブラックのインク壺 それで自分を文士だなんていう

 バネ仕掛けのようにぴくぴく跳ねるペンを 白い紙に走らせながら 「今!この行の上で 全読者が居合わせているのです!」と口走る
 文士さんの操るペン先は 跳ねる波頭の山を払い ぎらりぎらり 魚のように光りながら ぐんぐん紙面を進んでいった
「ほら ここ! ここを読んでる全読者が 同じ行の上にィ」
 インクは泳ぐ魚の影をなぞる 原稿の桝に引っかかって跳ねると ヒレが紙面を引っ掻いて読点 着水すれば鋭く払われて 強い跡が残っていく

 ペンが 叩きつけられ 立ち上がった文士さんが叫んだ
「さァ見なさい 同行の人!」 その勢いのまま窓まで歩き 部屋の障子戸を開け放った とたん「あッ」という声だけ部屋に残し 姿が見えなくなる

 駆け寄ったわたしは ぽっかり開いた窓から 沈む陽の中へ落下していく文士さんの 小さな影を見つけていた

───『二階には飛魚がいて』

#散文 #創作 #超短編

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伊津樹 -【 散録 】 · @129idzu
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 陽だまり昼休み

 雪の融けた園内を散歩三周歩いたところで 身長が伸びて しまって木の枝に頭ぶつけたんで 後ろ向きにそおっと二周 戻ったら今度は股下ちっさくなって 階段を登れず 帰れない

「だから帰れなくて」って 同僚に電話すると 「なんの比喩っすか」とのお返事で もうじき午後の始業時間だって切られた電話の画面に映ってる顔が 見覚えのない人の表情をする

 比喩に逃げんなよ って言われたから これは現実
 帰りたい
 誰かわからない顔して 股下ちっさくて 頭は高くて 空は青空 卒業式の気候
 帰れない
 始業にも 卒業式にも お誕生日会にも 戻らない

「園内案内します 詳しいんで」って 看板ぶら下げて それから十年あるいは二十年 ここで訃報もいくつか受け取り 空は青空 入学式の天候 枝に頭突きしたら桜の花吹雪

「どうしてこういう人になろうって思ったんですか」 そう訊かれて凍りつく 引率の教師がバツ悪そうな顔して こっちを見るから視線を外して 「どうしてかなあ」と泳がせた視線の先に 空が青空 三回忌に出た日の 低く鐘の鳴っていた あの色をする

───『空が青空』・伊津樹 @ 129idzu

#超短編 #創作 #散文

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伊津樹 -【 散録 】 · @129idzu
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 陽だまり昼休み

 雪の融けた園内を散歩三周歩いたところで 身長が伸びて しまって木の枝に頭ぶつけたんで 後ろ向きにそおっと二周 戻ったら今度は股下ちっさくなって 階段を登れず 帰れない

「だから帰れなくて」って 同僚に電話すると 「なんの比喩っすか」とのお返事で もうじき午後の始業時間だって切られた電話の画面に映ってる顔が 見覚えのない人の表情をする

 比喩に逃げんなよ って言われたから これは事実
 帰りたい
 誰かわからない顔して 股下ちっさくて 頭は高くて 空は青空 卒業式の気候
 帰れない
 始業にも 卒業式にも お誕生日会にも 戻らない

「園内案内します 詳しいんで」って 看板ぶら下げて それから十年あるいは二十年 ここで訃報もいくつか受け取り 空は青空 入学式の天候 枝に頭突きしたら桜の花吹雪

「どうしてこういう人になろうって思ったんですか」 そう訊かれて凍りつく 引率の教師がバツ悪そうな顔して こっちを見るから視線を外して 「どうしてかなあ」と泳がせた視線の先に 空が青空 三回忌に出た日の 低く鐘の鳴っていた あの色をする

───『空が青空』・伊津樹 @ 129idzu

#超短編 #創作 #散文

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 雨なのに、音がない。
 テールランプが、車道に赤く溜まって、一向に流れない。もう暗い夕空。渋滞したまま、エンジンだって止まっている。

 雨だけど、音はしてない。
 看板が点り、輝きを増している。牛丼屋の、回転寿司の、コンビニの、いろいろな光が強くなっている。

 雨の中、音を聞かない。
 スピーカーは沈黙。そうだ電波も停まって、ずいぶん経ったのだ。ボタンを押し、何かしら流れ出すのを待ち、ボタンを押し、何も流れないことを確かめている。

 渋滞、停波。信号、雨。
 こうして帰り道に溜まる理由。帰るさきってものをつくる理由。こんな風にして、途中の経過に溜まっている。
 車内で、何度も誕生日を迎えていた。いや、何度も迎えてきたように、思えてきた。

 音はない。
 ハッピーバースディを、大声で歌ってみる。見えているものは、本当は、もうずっと前に終わってしまっていて、この世など、すでにないかも、しれないじゃないの。

 渋滞のまま、信号が赤と青を繰り返す。フロントガラスに、その色の雨粒が現れる。点々と、小花のように生まれて、崩れて、視界の暗いほうへ下っていく。

──────『雨だけど音はしない』©︎伊津 樹 @129idzu

#超短編 #小説

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 足がないのは幽霊だっけ。正体がないのは酔っ払いだね。

 カウンターに置いたグラスの底に、いい感じの砂丘が見えてる。砂を運ぶ風が低く流れてる。金色の浅瀬。それは川のように、流れているね。中を歩く自分の、膝から下が、かすれてみえるんだ。
「這うような気流があるんでしょうか」と誰かが言った。砂丘の浅瀬を一歩踏み出すと、そう言ったのが誰かも、思い出せなくなってしまう。

 砂の風は途切れがない。丸いグラスの底にある起伏、金色の砂丘にいる。ガラスで周囲は囲われて、それが天球で夜空。グラスの表面についた白い傷が、細く筋を光らせ、夜空の表面を流れている。
 夜の砂漠を歩いている。足元では、砂を巻き上げた風が流れて、えっと、足がないのは幽霊だっけ。ははは、正体がないのは酔っ払いだよ。

 小さな世間をグラスごと持ち上げると、指の形の影が檻の様に、情調を取り囲んだ。風は消えた。砂は消えた。不思議な歩みも消えたが、中にいたはずの自分も、一緒になくなってしまった。

──────『BAR・ボトルシップ』©︎ 伊津 樹 @129idzu 

#創作 #即興表現 #超短編 #小説

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 目を開けた時には手遅れで、朝はとっくに走り出していた。始発のベルは聞こえなかった。でも朝は町を乗せて、加速していた。

 チェーンが道の氷を砕く音。あちこちから、音が、蒸気上げるように増えていくのがわかるよ。きっとマフラーの隙間からも白く、おはようの声が集まって、このさざめきは増えてくんだ。

 朝の先頭車両には乗り遅れ。
 でも飛び起きて、急いで窓を開けたら、冬晴れの青空が直上にだけ円く抜けていた。この町の周囲を、ゆき雲がぐるり、取り囲んでてさ。
 ああ、そうだ。この町だけが単独、トンネル通過中だ。

 車窓から身を乗り出すように出窓から、この朝の後方を見たら、まだ夜がさ、遠すぎて暗すぎの夜はさ、トンネルの後方でぽっかり口を開けていたんだ。

 加速する、始発の町におはようが増えてる。髪を引っ張るような風は、黒い夜の穴に吸い込まれている。
 加速する町で、加速する風が、毛先を引っ張って、あの暗い穴の、あの黒い昨日の、残る場所を指している。

──────『始発の朝』©︎ 伊津 樹 @129idzu

#創作 #即興表現 #超短編 #小説

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 沈む陽を追いかけて海へ行く。出来事は、みんな遠くへ行ってしまうけど、今行ってしまう太陽のこと、見に行くようにする。

 微課金程度で、すぐ着く終点。駅を出れば、海岸が広がる。
 太陽の明るい影が、濡れた砂浜へ沈み始めている。

 急いで駆け出す。と、柱の影から、呼び止める声がして、振り返れば君が、「何かを敵に回したんだ」って顔をして、でもそんな風には言わないで、黙ったまま駅舎の柱にもたれかかっている。

 砂浜を踏む。遅れてついてくる君も、波のようにゆらゆら砂浜を踏む。
 頭の中で、夢の話をする。夢の中でするように、黙ったまま、たくさん話す。
 足跡をつけている。君は付かず離れずのところを歩いて、増える足跡が、砂の上に残っていく。
 黙ったままの会話が、たくさん、砂の上に残っていく。

 出来事は、みんな遠くへ行ってしまう。
 つけた足跡も、波の音のなかで崩れて、水平線と変わらないところまで、行ってしまうことを知っている。

──────『話さない二人』

#超短編 #小説 #即興表現 #創作

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 凍結した雪の町。窓に面した席でバリューセット注文して、駅前見下ろしてた。ばらばら、人や人や人たちが、駅舎から吐き出されているの、見えていた。
 凍った道路で、みんな転んでる。転ぶ時だけ、音、しないんでみんな、宙を舞って一瞬の、きらめく風になってる。つむじ風踊り踊る。
 駅舎は口を開けたまま、その働き止めちゃって、復旧は未定です、のアナウンスくり返す。人々は、駅前で回転し、走馬灯のように強く短く、その体鳴らすようにしてる。太ったレコードとか、華奢なディスクとか、ペアになったカセットテープになって、半生の再生をしてる。
 へらへら笑い続けてたら知らず知らず泣いちゃうんだね。もう、軽薄や軽率の深厚な仕組みに、学ぶことの多い今日この頃です。駅前の風になるのは───そう、待とうって、軽佻浮薄にって決めたんだから、机にバリューセットお供えし、両手はポケット、インして駅前へは非参戦。つむじ風踊るのを見てる。

──────『つむじ風踊る』

#創作 #即興表現 #超短編 #小説

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伊津 樹 - itsuki ☑️ · @129idzu
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 超輝いてる月がいるわ。
 マンション屋上目指して非常階段を駆け上がるのに、四階で職質、六階で任意同行、振り切って八階まで、逃亡試みるけど九階、屋上見る前に膝から折られ取り押さえられましてね。一階の車に押し込まれ、連行されるあいだ、空で超輝いてる月を、首折るくらい窓に顔押し付けて見てました。

 書類にサインを求められ、読めばそこに孫の名前があって。宇宙飛行士が夢だったそうですよ、と取調官に言われて私、

 あらまた月が屋上に灯って、マンションの屋上目指し駆け上がるのに、今度は職質がなくて。
 同行も求められず、ペースを落として八階、九階、その先の、一度も行ったことのない十階、十一階と、上りながら超輝いてる月を見上げ。
 屋上は人だかり。祖父母も並び、拍手で迎えてくれました。congratulation. ここは月面、あなたの書いた本の最終ページ。超輝いてた月は、一階で連行されていくところですよ、って。

『屋上で灯ったアレ』

#創作 #小説 #超短編 #表現

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伊津 樹 - itsuki ☑️ · @129idzu
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「この電車、着かないようです」と、気の毒そうに女が言った。
 誰ですか君は。
 乗車率が3割程度の、車内の、午後の3時半過ぎの───。一番隣の乗客はずいぶん遠いのに、女の顔が、とても近い。
 速度を一定に保って走る車内に、午後の日差しが床に落ちて、1バウンド、2バウンド、弾むボールのような点滅を見せている。

「この電車、着かないようなんで」と、また女が言った。
 光に影の1バウンド、2バウンド、外を過ぎる踏切の警報音。「で、トラベリング」と女が言う。
 急に西日が入って、レールを切るような、カーブを曲がる音がして、何も見えなくなる。

「この電車、着かないようです」と、女が残念そうに言っている。
 君は誰ですか。空席7割の車内に、午後3時半の空気が充満して、車窓から午後の日差しが入って、床に落ちて。
 ビルの影。光の1バウンド。校舎。光は2バウンド。木立ち。ボールの弾むような点滅を見せ、次が、スリー。

『トラベリング』

#小説 #超短編 #表現 #創作

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伊津 樹 - itsuki ☑️ · @129idzu
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「この電車、着かないようです」と、気の毒そうに女が言った。
 誰ですか君は。乗車率が3割程度の、車内の、午後の3時半過ぎの───
 一番隣の乗客はずいぶん遠いのに、女の顔が、とても近い。速度を一定に保って走る車内に、午後の日差しが床に落ちて、1バウンド、2バウンド、弾むボールのような点滅を見せている。

「この電車、着かないようなんで」と、また女が言った。
 光に影の1バウンド、2バウンド、外を過ぎる踏切の警報音。「で、トラベリング」と女が言う。
 急に西日が入って、レールを切るような、カーブを曲がる音がして、何も見えなくなる。

「この電車、着かないようです」と、女が残念そうに言っている。
 君は誰ですか。空席7割の車内に、午後3時半の空気が充満して、車窓から午後の日差しが入って、床に落ちて。
 ビルの影。光の1バウンド。校舎。光は2バウンド。森林、ボールの弾むような点滅を見せ、次が、スリー。

『トラベリング』

#超短編 #小説 #表現 #創作

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伊津 樹 - itsuki ☑️ · @129idzu
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「この電車、着かないようです」と、気の毒そうに女が言った。
 誰ですか君は。
 乗車率が3割程度の、車内の、午後の3時半すぎの。一番隣の乗客はずいぶん遠いのに、女の顔が、とても近い。
 速度を一定に保って走る車内に、午後の日差しが床に落ちて、1バウンド、2バウンド、弾むボールのような点滅を見せている。

「この電車、着かないようなんで」また女が言った。
 光に影の1バウンド、2バウンド、外を過ぎる踏切の警報音。「で、トラベリング」と女が言う。
 急に西日が入って、レールを切るような、カーブを曲がる音がして、何も見えなくなる。

「この電車、着かないようです」と、女が残念そうに言っている。
 君は誰です。空席7割の車内に、午後3時半の空気が充満して、車窓から午後の日差しが入って、床に落ちて。
 ビルの影。光の1バウンド。校舎。光は2バウンド。森林、ボールの弾むような点滅を見せ、次が、スリー。

『トラベリング』

#小説 #超短編 #表現 #創作

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伊津 樹 - itsuki · @129idzu
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 夜の海にひとり。寄る辺なく浮く舟の上にいた。

 ここへはひとりでに送られた。すでに舟に揺られていて、櫂も舵も見当たらず、解ける仕組みの題さえなかった。

 私的な好意を針に結え、水底の月へ向け糸を垂れた。
 暗い沖に白く走る、波頭のような線。あれは音のしない稲光。無音のまま波形をつけている。
 夜空の、角度の浅いところでは、おとついのラジオ放送が、増幅や減衰をくり返し、もう過ぎた日の天気を予報しながら、いつまでも空で留まっている。

 釣り糸を、水底の月へ向けて垂れている。

 見れば、周囲にも何艘か、人を乗せた小舟が浮かんでいる。
 皆、私的な好意を仕掛けに用い、舳先へ結えた釣り糸で、水底の月を引こうとしている。

 寄る辺ない、夜の舟から糸を垂れ、解はないまま、沈むことなく。

───『小舟より月を引く』

#超短編

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