恋が障碍によつてますます募るものなら、老年こそ最大の障碍である筈だが、そもそも恋は青春の感情と考へられてゐるのであるから、老人の恋とは、恋の逆説である。私が「綾の鼓」に着目して、その近代化を企てたのは、かうした主題の面白味に惹かれたからである。
そして老人は心の底深く恋の不可能を、諦念としてひそめてゐるが、恋された美女のはうは、いつかその諦念を打ちこはしてかからうとする。しかし老人には美女のそのやうな欲求が理解しがたい。愛される者の最高の驕慢が理解しがたい。この芝居の最後の一行の悲劇的離反の哀切さが、私の狙ひとするところであつた。
— 三島由紀夫「作者の言葉(「綾の鼓」)」