「確率はどの程度と見ているのか教えてもらえるかな」
《弾幕と無人機の群れを潜り抜けた上で中枢に突入するまでにかけられる時間は精々三十分。その上で基地全部の警備システムとタイマン勝負する訳だ。一割あるか怪しいな》
「では生存度外視ならば?」
《……アンタがソレを問うのか》
「必要とあらば」
硝子越しに見えるその男の瞳はどこまでも冷たく冴え渡っていた。冗談を言う顔ではない。本気なのだ。
《アイツの事は……心配じゃねぇのかよ》
「心配だとも。が、作戦に私情を挟むのは御法度だよ。一の犠牲で万の人々が救われるのならば、それは必要な代償だ」
《……その判断に俺が同意すると?》
静かな問いに男が沈黙した時間は短かった。逡巡すらなく、答える。
「いや、君は何処までも反対するだろうと言う予測はしていた。……存外に情の深い所がある様だったからね」
《それを理解ってて敢えて聞くのは何でだ》
「リスクは無限大だ。だからこそ、それを認め最悪を想定しなければならない。避けては通れない選択もシミュレートはしておくべきだ」
苦いものが、男の顔に浮かぶのが見えた。
「……間違っているかな?」
「随分と高いところまで来ましたね」
《訓練飛行だ。この程度で満足されたら困るな》
無線越しに苦笑が聞こえる。微かなノイズの後、言葉は続いた。
《俺達が目指すのは空じゃない。その先の宇宙だからな》
「月基地までは遠いんでしょうか」
《ニンゲンにはそうだろうさ》
「貴方には?」
《……さてね》
どこか言葉を濁すような気配に、問いを投げるより早く。視界が巡る。完璧な完成制御の賜物で、コクピットに居る乗り手の身体に負担を掛ける事なく機首がぐるりと反転した。視界はどこまでも蒼く高く澄み切っている。雲すら眼下に置き去るこの高度を飛ぶのは自分達だけだ。
「何時もこうなら良いんですけど」
この星に広がる空の大部分は、未だに星の向こうから飛来した『竜』達に奪われたままだ。地表に出る事すら命の危機がある日々を思えば、今のこの時間はあまりに稀有なものといえる。
《その為の戦いだろ? 勝てば、自由に飛べるようになるさ》
「その時は、自由に飛んでみたいですね。貴方と。こういう訓練とかじゃなくて、純粋に空を楽しむ為だけに」
そんな日々は夢物語の様だが、今ならば少しは信じられる気がした。
荒れる空に瞳を細め声を掛ける。お疲れさん、と呟く先には雷鳴轟く暗雲の影。
「何してるの?」
同居人の言葉に微苦笑を返しつつ何でも無いとだけ応えカーテンを閉める。視線を外した夜空には、不可視の鱗が一瞬だけ、雷光に煌めくのだった。