#202306ns 日経サイエンス
ガスライティング 相手の現実認識をゆがめる虐待
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「ガスライティング」は一時的な流行語のような存在になっている。この言葉には懐疑的な意見が多く、特に学者やコメンテーターは、明確さが欠けていて、過剰に使われていると批判している。
確かに、社会科学的な研究の厳密な裏付けがないまま、大衆文化の中でいい加減に使われている。それはしばしば自己啓発文化に取り込まれており、個人の行動に注目し、被害者たたきを強めるようなメッセージとなって残る可能性がある。
時には、単なる嘘や、屈辱など他の種類の精神的虐待と混同されることもある。
それでも、心理的虐待とそれが人種差別や障害者差別などの抑圧的な構造と結びついていることを語るための言葉ができたことは好ましいことだ。過去の混乱し傷ついた経験を「ガスライティング」という言葉で理解し整理できる。
#202306ns 日経サイエンス
ガスライティング 相手の現実認識をゆがめる虐待
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ガスライティング #key 広義には「自分は頭がおかしくなった」と相手に感じさせたり思い込ませたりする心理的虐待の一種。
ガスライティングという言葉自体は、#1930y 代の戯曲で、#1944y にイングリッド・バーグマンの主演で映画化された『ガス燈』に由来する。
『ガス燈』の劇中で、主人公の夫は宝石を探すために屋根裏部屋にしのび込み、そこでガス燈をつけていた。
その間、ガスが不足して主人公の居室のガス燈が暗くなっていたのだが、夫は自分の仕業だと気取られないために暗くなったのは主人公の妄想と思い込ませた。
夫が主人公の現実認識を脅かしたのはこの件だけではなかったが、象徴的な出来事として描かれている。
#202306ns 日経サイエンス
ガスライティング 相手の現実認識をゆがめる虐待
P.L.スウィート(ミシガン大学)。"私はおかしくなってしまったのだろうか"−そんな思いに陥れる心理的虐待がある。この虐待には当事者間の力の不均衡だけでなく社会的な孤立や不平等が深く関わっている。
#KeyConcepts 差別と孤立を映すガスライティング
🔳ガスライティングとは現実感を歪め「自分は頭がおかしくなった」と思わせる心理的虐待だ。
🔳身近な人間関係の中の力の不均衡によって生じるが、性別や人種など社会の差別や不平等があらわになったものでもある。
🔳身近な人々とのつながりや社会保障は被害者の孤立を防ぎ、ガスライティングの影響から守る効果が期待できる。
#202306ns 日経サイエンス
加速器実験で探る「強い力」クォーク・グルーオン・プラズマを作る
C.モスコウィッツ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)。"素粒子のスープ"だった誕生直後の宇宙を、かつてないほど精密に解き明かす実験が始まる。
#KeyConcepts 原初のスープを詳細に調べる実験、始まる
🔳誕生直後の宇宙は極めて高温・高密度で、原子はもちろん、陽子や中性子も存在できず、クォークとグルーオンのスープ「クォーク・グルーオン・プラズマ」で満たされていたと考えられている。
🔳 #2000y 代半ばにクォーク・グルーオン・プラズマを実現した米国の加速器RHICで、新たな実験が始まる。クォークとグルーオンのスープを詳細に調べることが目標だ。
🔳こうした実験によって、自然界の4つの基本的な力のうち最も難解な「強い力」とそれを記述する「量子色力学」の理解が深まるだろう。
#202306ns 日経サイエンス
覆る直立二足歩行の進化史 人類が試した多様な足取り
J.デシルヴァ(ダートマス大学)。数々の化石記録から人類の二足歩行の進化に関する従来の見方が覆されようとしている。
#KeyConcepts さまざまな歩行スタイルが進化
🔳直立二足歩行は人類の系統を特徴づけるもので、チンパンジーのようにこぶしを地につけて歩くサルから素線が順々に進化して完全な直立歩行をするホモ・サピエンスになったとの見方が主流だった。
🔳しかし、アフリカ各地で見つかった足跡化石や下肢の骨の化石から、現代とは異なる歩き方で二足歩行していた絶滅人類が複数存在することがわかった。
🔳私たちの歩行スタイルは、初期人類が試行錯誤した数々の直立二足歩行の1つであり、それが最終的に残ったと考えられる。
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
新しいエイリアン像 想像を超えた生命体
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生命 #key 遺伝学者のトリフォノフ(Edward Trifonov)による #2011y の定義では、生命とは「多様性を生み出す自己複製」である。特定の化学反応に縛られない。
生命 #key NASAによる #1990y 半ばの定義では、生命とは「ダーウィン的進化が可能な自律した化学反応システム」である。特定の化学反応に縛られない。
Lyfe #key バートレット(Stuart Bartlett)による #2020y の定義では、生命(Life)とは似て非なるものであり、「生きている状態の4つのプロセスを全て満たすシステム」と定義した。LifeもLyfeの一部だ。
Lyfeにおいては、①エネルギーを拡散して、②自律的な化学反応を使って指数関数的に多くの自己複製を行い、③外部環境が変化しても内部の状態を維持し、④自身が存在し続けるために外部環境の情報を取り込んで利用している。
#2020y #1990y #2011y #key #202306ns
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
新しいエイリアン像 想像を超えた生命体
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生命 #key 遺伝学者のトリフォノフ(Edward Trifonov)による #2011y の定義では、生命とは「多様性を生み出す自己複製」である。特定の化学反応に縛られない。
生命 #key NASAによる #1990y 半ばの定義では、生命とは「ダーウィン的進化が可能な自律した化学反応システム」である。特定の化学反応に縛られない。
Lyfe #key バートレット(Stuart Bartlett)による #2020y の定義では、生命(Life)とは似て非なるものであり、「生きている状態の4つのプロセスを全て満たすシステム」と定義した。LifeもLyfeの一部だ。
Lyfeにおいては、①エネルギーを拡散して、②自律的な化学反応を使って指数関数的に多くの自己複製を行い、③外部環境が変化しても内部の状態を維持し、④自身が存在し続けるために外部環境の情報を取り込んで利用している。
#2020y #1990y #2011y #key #202306ns
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
新しいエイリアン像 想像を超えた生命体
S.スコールズ(サイエンスライター)。従来の生命観を捨て、既知の生物とは似ても似つかぬ宇宙生命を探す試みが始まっている。
#KeyConcepts 「想定外の生命」を探して
🔳他の惑星の生命が地球の生物と似た構成要素や遺伝システムを持つとは限らない。宇宙生命探査には「想定外の生命」を探すという視点が重要だ。
🔳地球と似た環境に、既知の生物と似た生命を探す現在の探査方法では、全く新しい生命が目の前にいてもそれを認知できない可能性がある。
🔳想定外の生命を探す手法の確立を目指すプロジェクトがNASAの支援で進んでいる。これは生命現象を化学や数学の抽象的な視点で捉える試みだ。
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
リュウグウが運ぶ 生命の材料
遠藤智之(編集部)、協力:渡邊誠一郎(名古屋大学)。リュウグウのサンプルから水や有機物が見つかった。小惑星は生命の材料を太陽系に広く提供し、宇宙生命が誕生する出発点になっていたかもしれない。
#KeyConcepts 太陽系に生命の材料をばらまく
🔳水や有機物は小惑星に運ばれて太陽系に広く供給される。地球だけではなく、木星の氷衛星などにも生命の材料をもたらしていた可能性がある。
🔳サンプルからはRNAの塩基「ウラシル」やタンパク質を作るアミノ酸が見つかった。大部分は黒い炭のように見える固体の有機体で、有機分子が無秩序に結合していた。
🔳リュウグウの母天体は「温泉水が入った圧力鍋」といえる条件になっており、多様な有機物を生み出す化学進化が起きやすくなっていた。
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
エウロパとガニメデ 生命存在の有力地を訪ねる
J.オカラガン(フリージャーナリスト)。木星の氷衛星に生命は存在するのか−それを探る初の調査機が旅を始める。欧州が #202304m に打ち上げる「JUICE」と来年に予定される米国の「エウロパ・クリッパー」だ。
#KeyConcepts 探査機「JUICE」と「エウロパ・クリッパー」
🔳太陽系に地球外生命が存在する場合、外惑星を周回する氷衛星が有力だろう。氷の外殻の下に液体の水をたたえた海があると考えられているからだ。
🔳木星の氷衛星を間近で調べる初の探査が始まる。欧州が #202304m に打ち上げる探査機「JUICE」と #2024y に予定される米国の「エウロパ・クリッパー」だ。
🔳#2030y 〜 #2031y に木星系に到着する見込み。これまでの木星系探査の歴史と両探査機の活動予定を紹介、さらには将来のミッションを展望する
#2031y #2030y #2024y #keyconcepts #202304m #202306ns
#202306ns 日経サイエンス
宇宙生命
木星の氷衛星を探る探査計画スタート
中島林彦(編集部)、協力:関根康人(やすひと、東京工業大学)。極寒の氷の世界の下に、どんな海が広がっているのか。日本も観測に加わる大型探査機が打ち上げられる。
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#KeyConcepts 氷の下の海をあの手この手で探索
🔳木星の氷衛星を調べる欧州の探査機JUICEが打ち上げられる。観測装置の約半分は欧州と日本の共同開発で、観測も日欧が協力して進める。
🔳分厚い氷の下に、どんな海の世界が広がっているのか、各種のカメラやレーザー高度計、磁力計、粒子観測装置などを駆使して調べる。生命が存在する手がかりが得られるかもしれない。
#202306ns 日経サイエンス
味を変える食器
甘味や塩味を操るハイテク食器の数々
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明治大学 総合数理学部教授の宮下芳明(ほうめい)のチームはキリンホールディングスと共に、舌の塩味受容体を刺激する特殊な箸を開発した。
この箸には弱い電流が流れており、口に入れた食物に含まれるナトリウムイオンの働きを変化させて舌の塩味受容体を刺激する。宮下のチームはこの箸で塩味の知覚を最大1.5倍に増強できたと報告した。
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テイストブースターズという米国企業は微小電流による宮下の技術と同様の方法を「スプーンテック」という食器に採用している。
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イスラエルのワイツマン科学研究所のEran Elinav(エリナフ)のチームは、#2014y 、マウスに人工甘味料のサッカリンを与え、腸内微生物叢(そう)がサッカリンと相互作用して、血糖値の調節に影響を及ぼすことを発見した。
別の研究では、一部の人工甘味料を摂取した人も腸内微生物叢が変化し、血糖値が急上昇した。「人工甘味料が人体内で不活性でないことは明かだ」。
#202306ns 日経サイエンス
人工細胞に"動き"を付与
遺伝子を少し加えてやるだけで、変形して動く能力を獲得
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大阪公立大学教授の宮田真人(まこと)の研究チーム。
自然界の最初期の細胞がどのように運動を発達させたのかは、長年の研究課題だ。そうした研究はスピロプラズマ属の細胞を使うことが多い。螺旋形をした単細胞の寄生微生物で、単に細胞を曲げたり伸ばしたり変形して動く。
スピロプラズマでは、この種の動きを助けているとみられる7つの遺伝子が既に同定されていた。
研究チームは #2016y にJ・クレイグ・ベンダー研究所の研究者たちが作り出した細胞で、473個という少ない遺伝子で生存・繁殖する人工細胞「JCV-syn3.0」に目をつけた。
研究チームはスピロプラズマの運動に関与している7つの遺伝子をJCV-syn3.0細胞に挿入したところ、細胞の半数近くが変形し、中にはスピロプラズマのように螺旋形によじれて泳ぐものもあった。
研究チームはまた、7つの遺伝子のうち2つを導入するだけでスピロプラズマ様の運動を生み出せることを突き止めた。
#202306ns 日経サイエンス
男性用避妊薬の有力候補
精子の運動を妨げる化合物の効果をマウスで確かめた
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米コーネル大学などの研究チーム。
「可溶性アデニシルシクラーゼ(sAC)」というタンパク質の動きを阻害する化合物の効果を実験した。
即効性があり、オスのマウスに投与すると精子が最大2時間半にわたって動かなくなる。マウスは正常に交尾できるが、精子が卵子と受精する能力は一時的に失われる。
化合物の投与30分後から2時間半後までの2時間の避妊効果は100%。3時間半後までの3時間でも91%だった。24時間後にはほぼ全ての精子の能力が正常に戻った。
実験では注射で化合物を投与したが、経口投与でも獅子の運動能力は同様に低下した。
#202306ns 日経サイエンス
ウイルスをがん治療の見方に
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普及への課題は生産体制の整備で、まず製薬会社に製造ノウハウの蓄積が乏しい。
日本は規制などが壁になり、遺伝子を改変した細胞などを使う遺伝子治療で出遅れている。遺伝子を操作した作物などが生態系に影響を及ぼすのを防ぐ国際協定に基づく「カルタヘナ法」が医薬品も適用対象だからだ。
欧州連合(EU)は同様の法律の対象から医薬品を除外し、米国は関連する国際条約を批准していない。
#202306ns 日経サイエンス
ウイルスをがん治療の見方に
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米CGオンコロジーは、膀胱がんのウイルス療法単独での第3相の治験(日米韓)とは別に、免疫チェックポイント阻害剤「キイトルーダ」と併用する第2相試験を米韓で進める。
フィンランドのヘルシンキ大学発スタートアップのTILTバイオセラピューティクスは、卵巣がんや頭頸部がんでウイルスと免疫チェックポイント阻害剤を併用する第2相試験を視野に入れる。
TILTのウイルスは免疫を活性化する2種類の遺伝子を組み込んでいるのが特徴。
モフィットがんセンターは、トリプルネガティブ乳がんを対象に、アムジェンのウイルスと抗がん剤を併用する。
アステラス製薬は、進行性固形がんを対象に、鳥取大学と開発したウイルスを使った第1相の治験を進める。
岡山大学発スタートアップのオンコリスバイオファーマは、食道がん・胃がんを対象に、独自開発した「テロメライシン」とキイトルーダを組み合わせた第2相試験を米国で進める。
#2022y に設立された鹿児島大学発スタートアップのサーブ・バイオファーマは悪性骨腫瘍を対象にした第2相試験を進める。
#202306ns 日経サイエンス
ウイルスをがん治療の見方に
様々ながんを対象にした臨床試験で有望な結果が出始めた
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人工的に遺伝子を改変したウイルスを使ってがんをたたく「ウイルス療法」の開発が加速している。既に承認されている脳や皮膚のがんに加え、難治性の乳がんや膀胱がんを対象にした臨床試験でも有望な結果が出始めた。
免疫細胞の攻撃力を回復させる免疫チェックポイント阻害剤との相乗効果にも期待が集まっている。
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ウイルス療法は、がん細胞だけで増殖するように遺伝子を改変した「腫瘍溶解性ウイルス」を使う。
投与すると、がん細胞だけで増殖する。がん細胞を破壊して散らばり、次のがん細胞に感染するプロセスを繰り返す。正常な細胞では増えないため、安全性は高いとされる。
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米アムジェンが開発した「イムリジック」は悪性黒色腫向けに #2015y に米国で承認された。
第一三共が #2021y に発売した「デリタクト」は悪性神経膠腫(こうしゅ)と呼ばれる脳腫瘍が対象で、ウイルスは東京大学の東堂具紀(ともき)教授が開発した。
#202306ns 日経サイエンス
量子コンピューター 日本の初号機が稼働
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NISQ #key Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer。エラー訂正機能を持たない量子コンピューターのこと。
理研の量子コンピューターを含め、現在の量子コンピューターは全てNISQだ。計算を進めるにつれエラーが積み重なり、正答率がゼロに近づいていくため、ごく小規模な計算しかできない。
表面符号 #key 現在最も有力なエラー訂正の方式。複数の量子ビットを格子状に接続して全体で論理的な量子ビット1個を表し、その冗長性利用して論理量子ビットに生じたエラーを測定し正しい値に戻す。
表面符号を実装することを考慮して、今回の量子コンピューターでは、チップ上で2次元的に配線するのではなく、3次元的に配線した。量子ビットごとに、量子状態の制御や出力読み出しのための配線が必要になるからだ。